1月3日 14:30 劔岳の頂上から早月尾根を下山開始する。
頂上直下のガリーを顔を壁側に向けてクライムダウンを始めた矢先、
左足とピッケルを持った右手が壁から離れた。バランスを崩し体が
背中側にフラッと流れたような気がした。慌てて目の前にあった
残置スリングを掴む。
今、、、滑落しかけた・・・・よネ??
体勢を立て直し、下を覗いてみる。
音もなく、し〜〜んとしている。
もし、滑落したら池ノ谷と東太谷のどちらに落ちたのだろうか??
どっちに落ちても秋まで死体は浮かんでこないのだろうか??
なんでこんなところに来てしまったのだろう?
心の底から後悔した。
早月小屋の近くに張ったテントを出発したのが7:30。
それから、7時間が経過しているが、体はまだ山頂の近くにあり
テントに辿り着くのはかなり先のように思えた。
一番、気温の高いはずのこの時間帯でも手元の温度計はマイナス15℃。
風が弱いため体感温度はそれほど寒く感じないがこれから気温は下が
っていく一方である。
登頂はなんとかできたが、心身共に疲労困憊で山頂からの素晴らしい
景色を楽しむ余裕は全くなく、せっかく持ってきたカメラを取り出す
気力もない。今の望みはテントで暖かいコーヒーを飲み、シュラフの
中でぬくぬくと眠りたい。そんなささやかな希望も、もしかしたら現
実にならないかもしれない。そう思ってしまう。
冬の劔は自分には早過ぎたのだ。
技術、体力、精神の全てで自分の実力を遥かに超えている。
泣きたくなってくる。ここで涙を流したら、涙もすぐに凍ってしまう
のだろうか。
でも無事に帰らなくては。
冷静に気持ちを立て直そう。テントまで無事に帰る。これは今の自分
には遠い目標に思える。こういう時は仕事でいつもやっているように
大きな目標を小さなタスクに分解してみよう。
今、自分がやらなくてはいけないこと、できることに集中しよう。
まず、このガリーをちゃんと降りてみよう。この局面だけに限れば
過去にもこういう場面は何回もあった。
まず次に自分の足を置く位置を確認してから足を置く。その時にアイ
ゼンが壁から剥がれないように踵は必ず下げる。ピッケルのピックが
効いていることを目で確認する。この繰り返しで降りられるはずだ。