神田駅の構内を歩いてたら身体が斜めになった。
あれっと思ったら強い揺れ。
最初の揺れの後も断続的に揺れる。
電車に乗ってなくて良かったと思う。
電車が動く見込みがないので、駅の外に出た。
周りのビルから出てきた人で一杯だった。
余震が来ると車もストップ。人も道路の真中
に固まる。駅の周りは人がたくさん。
電車はもちろん動かない。
バスは不明。
タクシーはつかまらない。
携帯電話もつながらない。
上空にはヘリ。
走り回る特車(パトカーと救急車、消防車
どうしていいのか分からず、みんな駅の周りで
ボーッとしてる感じ。
かっといってパニックになってるわけでもない
吉野家は普通に営業してる。
とりあえす、虎ノ門にあるオフィスまで歩く。
長期戦を覚悟し、ベローチェで補給し、本屋
に寄る。
帝国劇場の周り、ホテルオークラのタクシー乗り場、
丸の内警察は人、人、人
建物の倒壊がないからみんな、落ち着いてるようにみえるけど
もっと大きな被害がでたらどうなるんだろう?
オフィス到着後、ネットで情報収集。
電車は点検のため、動くまで時間がかかりそう。
窓から見える道路はものすごい渋滞だ。
歩いて帰るには寒いし遠い。
総合的に考えてオフィスで一夜を明かすのがベストと
判断
2011年2月14日月曜日
八ヶ岳 真教寺尾根
2/11-13の3連休。本当は真教寺尾根から赤岳東稜を経て赤岳、
横岳、硫黄岳を通り、GOALは渋ノ湯という欲張りな計画を
立てていた。
バリエーション入門の赤岳東稜でナイフリッジの雪稜を通り、
東面なので日の出を見て、滑落の絶対許されない横岳周辺の
緊張感のあるトラバース、そして最後は温泉・・・と雪山の
魅力を十分詰め込んだ計画のはずであった。
週中から毎日、天気予報をチェックしていたがどうも良くない。
11日は東京でも雪が降るということであった。
実際、新宿から電車に乗ったときは雪ががんがん降っていた。
ならば八ヶ岳はどうなっているのか?
天気は心配であったが、入山口の真教寺尾根ならば、先月、
下見したばかりだし、危険なところもないので最悪、
真教寺尾根から西面に抜ければいいや、ということで出発した。
現地に行ってみると先月とは比べ物にならないくらい雪が
多く、連日、ラッセルであった。
赤岳東稜に取り付くことすらできず、心教寺尾根から赤岳
に登り、美濃戸に下山するのが精一杯であった。
2011年2月5日土曜日
2011年1月29日土曜日
180°SOUTH
渋谷のシネクイントで1/22から上映されている映画、
180°SOUTHを見てきた。
“パタゴニア”創業者 イヴォン・シュイナード“ザ・ノースフェイス”創業者
ダグ・トンプキンス。
2人の運命を180°変えた伝説の旅があった。 そして今、ひとりの青年が
その軌跡をたどる―。
仕事帰りだったので眠くなるかな、と思ったが最後まで眠らずに見れた。
内容は平凡だけど、映像は美しかった。
監督がサーフフィルムを得意としている人のようで
サーフの撮り方で山を撮るとこうなるのか、と思った。
単純にイースター島やパタゴニアに行ってみてえなあと思う。
一番、印象に残ったのはパタゴニアのコルコバト山を目指す途中のキャンプで
イヴォンが吐いたこのセリフ。
『私が今、いたいのはまさにここだ。過去でも未来でもない。
この瞬間を大切にしたいと思う。』
でも私はこう思ったのです。
2011年1月21日金曜日
PEAKS 2011年2月号
最近、注目している雑誌がある。PEAKSである。
創刊されてこの号で15号目である。当初はどうせ、すぐに休刊(廃刊)
になるんだろうな、と思っていたが、続いているのである。
以前は『山道具』のインプレッション雑誌という存在であったが、
最近は企画が充実してきている。ターゲットは、これから山に登って
みよう、という人たちなのだが、『山の旅メシ』やギア・メーカーに
ついての記事(今月はモンベル、今までスノーピークやORが取り上げ
られている。)、シェルパ斉藤の山小屋についての記事はは毎月チェック
してしまう。
また、業界人へのインタビューが毎月一人づつあるが、最近は
坂下 直枝(ロストアロー代表)
鈴木 みき(イラストレーター)
横山 勝丘(アルパインクライマー)
と脈絡はないものの、コアな面子が出ている。
完全に窮地を脱出したときに感じる『俺は生きているんだ』という実感
ほど強烈なものはありません。・・・ただ、それを求めて山に登るかと
いえば、そんなことはない。(坂下 直枝)
(アラスカで友人2名が遭難して帰ってこなかったので)
『人はいつ死ぬか分からない』やりたいと思ったことは、やりたいと思
ったときにやらなきゃと考えた(横山 勝丘)
など、読ませる良い記事になっています。
山○渓谷を超える雑誌になることを期待します。
2011年1月17日月曜日
空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む --角幡唯介--
世界最大の規模を誇るチベットのツアンポー峡谷、私はそこを探検しよう
と思っていた。人跡未踏と言われるこの峡谷の初踏査をやってやろうとい
う野心家は、この100年でざっと20人から30人はいただろう。だが
完全に成功した人間はまだいなかった。私はそれに挑戦するつもりだった。
日本を出発したのは2002年12月10日、単独行だった。
まだ、人類が立ち入っていない、秘境の探検行・・・
魅力的である。また、本の帯にも開高健ノンフィクション賞受賞!とか
茂木健一郎氏を初めとした推薦コメントがずらり、書かれている。
のでかなり期待して読み始めたが、、正直、物足りない。
あまり聞き慣れないツアンポー峡谷がいかに厳しい環境にあるのか
読者に分かりやすくするために、これまでの探検史をコンパクトに
まとめてあったり、近年起きた日本人の死亡事故が詳しく書いてあった
り、著者のツアンポー峡谷に対する熱い思いは伝わってくる。
が、どうして〜〜も、本の世界にどっぷり入れない。
文章力が沢木耕太郎や佐瀬稔といったノンフィクションの大家に遠く
及ばないのはしょうがないとしても、クライマー(探検家?)が書いた
本と比べても、『垂直の記憶』や『サバイバル登山家』よりも完成度
は落ちる。。(と思う。)
構成に凝りすぎているような気がして、もう少しシンプルにして
スピード感を出した方がよりおもしろい本になる気がする。
テーマは素晴らしいと思うので・・・
2011年1月11日火曜日
『残された山靴』--佐瀬 稔--
帯にある『志半ばで山に逝った登山家8人の最期』とある通り、
佐瀬 稔(故人)が近代・日本登山界のレジェンド(長谷川恒男、
森田 勝、小西 政継etc・・)の”最期”について書いた本。
レジェンド達の関係や当時の業界内での立場がコンパクトに
まとめられています。エベレスト(8,000m over)で長谷川恒男が
隊の仲間を助けにいくシーンは超人的です。それがきっかけで
長谷川は単独登攀に傾斜していくらしいのですが・・・
へえーと思ったのは長谷川昌美さんのあとがきでした。
長谷川恒男がウルタルⅡ峰で亡くなったのが10月10日
→だからハセツネも10月10日前後の休日。
2011年が20回忌になるのでハセツネの第3関門である御嶽神社
の境内内にモニュメントが建つそうです。
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